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鈴木啓太の現在地

2018年10月20日

これまで学んだこと、今考えていること、そしてこれから目指したいこと。

ある秋の日曜日に、鈴木啓太が友人のインタビュアーに打ち明けた、自身の今。

I(Interviewer: インタビュアー)では、早速始めましょう。ご自分が代表を務めるプロダクトデザイセンターのサイトで、自分の言葉で話すことにした、その経緯や理由はなんでしょう?

KS(Keita Suzuki: 鈴木啓太)トークショウや取材が増える一方で、ちゃんと自分の考えが伝わっているか心配になることも多く、きちんと明言できる場所がほしいと思いました。この場所を、自分の考えをピュアに、なおかつスピーディに伝えるためのツールにしたいです。今、僕はマテリアルについての興味がどんどん大きくなっているし、環境問題や社会問題でも提案したいことがいくつかある。さらに新しい拠点を持つことを検討していたりと、今思っていることをまとめられれば嬉しいです。

I  情報があふれてる今、言葉が独り歩きする可能性もありますしね。取材や講演会で発した言葉でも、真意を伝えるには時間が足りないこともあると思います。

KS  だからこそ、半年ごとなど定期的に発信しようと思っています。今ホームページに載せてるものって、いわば過去のことなんですよね。プロダクトは発表できるまでに最低でも1年はかかるので、ここに載っているものは1年以上も前の発想なんです。プロダクトデザインの性質上しょうがないんですけど、「今なにをやろうとしているか」とか、「この半年考えてきたこと」「これからやりたいこと」を伝える場が欲しいなと思いました。さらに色んな人に自分の考えを伝えて、さらにブラッシュアップしていって、できればいい仕事につなげたい(笑)。

アイディアを立体にできる技術があれば、怖くない

I  最近の鈴木さんのお仕事は、ざっくり3つほどに分けられると思います。1つは、鉄道車両などの仕事に代表される公共デザイン。2つ目はブランドのコンサルティング。そして3つ目は、ファッションメゾンなど海外クライアントのお仕事ですね。

KS  改めて考えると、かなり色々なことをやっていますね。家具だけ、家電だけ、アート作品のようなものだけ、とある程度限られたジャンルで動く人が多いなかで、公共デザインから生活雑貨まで手掛けている僕は、かなり稀だと思います。

I  昔でいうと、柳宗理さんでしょうか。鈴木さんも個展を柳さんのデザイン研究所で開催したりと、つながりが深いですね。ただ柳さんは、海外のファッションブランドとはやっていませんが(笑)。でも、ある意味「ジャンルにこだわりすぎない」というのが大事な気もします。繰り返し同じことをやっているデザイナーでは、なかなか気づけない点がどうしても出てくる。例えば鈴木さんが手がけた電車のお仕事にしても、夜になると照明が弱くなるなど、新しい視点ですよね。ジャンルがないほうが、より自由な着眼点を持てるのかもしれません。

KS  それに加え、僕たちが色々な仕事をできるのは、きちんと考えを形にできる、確固たる技術があるからです。初めてのジャンルはもちろん不安もありますが、手作業と3Dプリンターなどの最新技術を組み合わせて、ちゃんと形で示せる。そこには大きな自信があるので、なにも怖くない。うちには素晴らしい3Dプリンター使いもいますしね。電車でも、1年間みっちり勉強して鉄道の内部機構など基本を勉強すれば、ちゃんと電車として成立するアウトプットが出せる。例えば、ある機器を従来あった場所から移動させる、みたいに構造から考えるデザインは、家具ばかりやっていたらできないと思います。ものの構造がわからないと、そもそもデザインができない。

I  小手先ではなく、根本からデザインと向き合う、ということですね。

KS  1990~2000年代は、ある意味「サーフェイス(表面)のデザイン」だったと思うんです。ある程度内部構造は決まっていて、外側を整えたり飾るようなデザインが多かった。僕がやっているのはそういうこととは真逆で、どういう風に基盤が設置されているか、ということは最終的な形を考えるうえでとても重要になっている。そうじゃないと、エンジニアさんが作ったものにデザイナーは表面を被せるだけになってしまうので、本質的に新しいものは生まれない。

I  そういう「表面」の仕事が、デザインだと思っている人は多いのでは?

KS  でも僕たちは、つり革から荷物棚をとめる金属の支柱まで、ちゃんと設計とデザインというもの作りをして、最終アウトプットの 3Dデータまで作れる。専門用語でいうと、デザインデータはもちろん、エンジニアリングデータまで作れるんです。だから僕のデザインは、ただスケッチを描く、みたいなことではなく本当の意味で「立体として設計していく」こと。正直デザイナーが細部までこだわらなければやらなくてもいい領域だし、そこまでやるのはコストもかかるので、やりたいと思ってもなかなか難しいのでは。

I  業界の方は余計感じたと思いますが、私でさえ鈴木さんがデザインした電車を見た瞬間や乗車した瞬間に、新しさを感じました。突然ビル一棟がなくなっても誰も気づかない日常のなかでさえ、なにかが新鮮に、心地よくなった感覚がダイレクトに伝わってきます。

KS  まさに、狙っていたことです。僕がこの電車プロジェクトの1番はじめに語ったのは、これからはクオリティの高いデザインしか作る意味がない、ということ。僕たちは皆iPhoneなど美しいデザインを、すでに日常的に使っているんです。だから、美しくないものはすぐに見破られる。みんないいものを知っているし、いいもの持っているし、いいものに囲まれて暮らしている。見る目を持っている以上に、もう身体が質の高いデザインを覚えている。それなのに公共物は、野暮ったいデザインのままでいいのか?と思ったんです。

I  普段辛辣なコメントが多い鉄道ファンの方々も、今回はSNS上などですごく好意的なコメントを残していたのが印象的でした。電車の撮影会にも、通常の来場者数をはるかに凌ぐ方々がお越しになったそうで。

KS  本当に電車が大好きな彼らが、「馴染みがあるけれど新しい」と感じてくれたようで素直に嬉しかったです。ホテルのような電車作りは割と想像できるけど、僕が手掛けたのはたくさんの方々が日常で使う通勤車両。「電車らしい」ものの中で、一番ベストなデザインを作りたかった。

企業DNAを、デザインで残すということ

I  鈴木さんのデザインには、元々その対象が辿ってきた歴史に対してのリスペクトを感じます。新しくて目立てばなんでもいい、というわけでは全くない。そういう傾向は、鈴木さんの最近のお仕事の2番目、ブランドコンサルティングにも通じるのではないでしょうか?

KS  変な話ですが、僕はあまりデザインで影響を与えすぎたくないんです。デザインによってそのものの歴史が曲がってしまうことは、不自然に感じる。今コンサルティングをしているなかには、何百年という伝統を持っている企業やブランドもあります。そんななかで自分の感性だけでものを作っても、そのブランドにとってはノイズにしかならない。僕がやろうとしてるのは、伝統に敬意をはらうからこそ出てくる「じゃあ今、未来につながるなにを作るべきなのか」という問いかけです。僕の作っているものは作家性がなくて一見地味かもしれないですが、会社の背景に向き合うと自ずとそうなる。そのなかで、一番いいものを目指そうとしています。

I  一部のデザインマニアの人たちを除いては、ものが素晴らしければデザイナーが誰かなんて気にしない、ということもありますよね。むしろ、デザイナーの名前だけで商品を買う感覚は少し古い気がします。

KS  そう、僕は人に対してデザインしている。デザインのためにデザインしているわけではないんです。

I  でも目立つもの、分かりやすく話題になる「ウケ狙い」のようなものを欲しがる企業もいまだに多いのでは?コンバースもアディダスも、売り上げを占めているのはずっと定番のスニーカーなのに。なぜ多くの企業は、そういった自分たちの定番やシグニチャー、すなわちアイデンティティを作ることに目がいかないと思いますか?

KS  単純に視点がないからと、「新商品を出さなくてはいけないから」という理由でものを作っているからだと思います。ものの長い歴史を見ていると、やはり「ウケ狙い」は必ず淘汰されていく。アイディアや作家のセンスは、どうしても古くなります。恐れ多くも言わせてもらうなら、みんな自分たちの価値を分かっていない。特に日本には素晴らしい企業が多いのに、みんな自分たちのどこに価値があって、自分たちがどう見られているかを分かっていない。単純に、もったいなくて悔しいです。

I  まずその価値を見いだし、定義付けてあげることから始まるんですね。私は、一時期流行った「ブランディング」という言葉に、どこか違和感を感じてしまって。前はどこかビジュアルで、そのブランドを認知させることが主な目的だったのかな、と。でも今は、ブランドの根底がしっかりしていないとすぐ見破られる。例えばエルメスが素晴らしいのは、ロゴもビジュアルもいいけど、やっぱり製品が素晴らしいから、ということですよね。それと同じで鈴木さんのやっていることは、企業の核に深く潜っていって、根底から広げていくみたい。

KS  言葉だけじゃなくて、その価値を形にして定義する、ということですよね。「あなたたちの価値を、一歩進めるとこういう形になるんだよ」と、企業に示したい。だから僕の事務所って、商品化になるプロジェクトがとても多い。多くのデザイナーが目新しいものを提案するけれど、結局最後にこれはうちの会社が出すデザインじゃない、と判断されることが多いのが現実です。僕のデザインがきちんと商品化されるということは、企業と自分の意思疎通がしっかりとれている証拠。僕はこれから生まれる新しい企業でも、伝統を持つ企業でも、いつも「この会社のDNAを作っている」という気持ちでデザインしています。

I  そういう感覚は最近のお仕事の3番目にあげた、海外のラグジュアリーブランドとのお仕事で特に感じそうですね。彼らは、自分たちのブランドというビジネスの価値を、名刺デザインからショップ店員の物腰まで本当によく浸透させている。

KS  そう、自分たちのオリジナリティをよく分かっているんです。立ち位置というのかな、そういう感覚もしっかり意識しているなと思います。

I  例えば鈴木さんが関わったメゾンでも、「このデザインは私たちにはクールすぎる/可愛すぎる」といった決断もあったのでは? きちんと確立されたブランドのDNAがあり、きちんと継承されているからこそできること。ブランドの個性と、アウトプットとして出てくるデザインが、切り離されていいわけがない。

KS  すごくあります。もちろんアートディレクターの意向もあるけれど、「らしさ」を本当によくわかっている。ショップの方からマネージャーさんまで同じイメージを共有しているから、判断が早いしブレない。そういう意識があれば、作るものにオリジナリティが生まれるのも当たり前なんです 。

素材とデザインの完璧な融合が、上質をつくる

I  鈴木さんのデザインを見ていると、素材の使い方がとても新鮮だなと思います。今までと違った印象なんですよね。ガラスはあえて無垢なままスピーカーに、プラスチックは大量生産のイメージを覆す強度に着目したグラスに、と。ほかにもまだまだ引き出しはありそうですね。

KS  実は、ヨーロッパのファッションブランドに一番求められたのはマテリアルでした。今、素材はどんどん重要になってきていると思います。僕のデザインは、基本的に色がないものがすごく多いんです。最近作ったあるトロフィーも、真鍮の美しさを最大限にいかそうと思った。そのブランドの、ラグジュアリーだけど凛としている雰囲気を表したかった。素材とデザインの完璧な融合が、僕にとっての上質なもの。素晴らしい家具って、素材がたってるわけでも、デザインがたっているわけでもないですよね。素材の知識と理解があれば、デザインだけが浮くようなことにはならない。洋服でもそうですよね。素晴らしい生地とパターンが一緒になって初めて上質になる。

I  「素材とデザインの融合が上質をつくる」という視点は面白いですね。例えば、今「伝統」といわれるものも、その当時は最先端だったわけで。なのに素材も技法もデザインも、ずっと当時のままでいいのかなという疑問ははある。本当は見て手に取って「使ってみたい」と思ったら、実は伝統工芸品だった、というのが理想ですが。ちなみに、ヨーロッパの企業が気にするのは、具体的にどんなところですか?

KS  一言でいうと、自分たちが知っていることは、誰かが知らないということ。「なぜアジア人の啓太に頼んでいるかというと、新しいマテリアルが欲しいからだ」と言われて。僕は日本人のデザイナーだから、京都の竜安寺にあるようなすごい石を知っているだろう、と言うんですよ。例えば焼き物もそうですね。ヨーロッパは磁器の文化が主流だから、黒唐津や樂焼を見ると「これが土?」とびっくりする。紙や木なども同じです。

I  その素材が特殊になってくればくるほど、扱うには専門的な技術も必要になってきますよね。いわゆる「職人」の領域です。でもそういった素材や技術は、自分から求めていかないと見つからないのでは? 

KS  僕はすごく探求していると思います。もともと大好きですし、日本も海外も関係なく見ています。

I  そういうリサーチを、本腰入れて集中的にやってみたいと思いますか?

KS  とっても、やりたいです! 知らないものや素晴らしいものは無限にある。某企業に提案し続けてるのですが、いまいち賛同してもらえてなくて……。例えば漆塗りでも、日本だけで数百種類ある。でも最近お願いした、富山県の金箔が入った漆の技法などほぼ知られていなかった。日本の企業は、もっと素材に目を向けたほうがいいと思います。中量生産で、陶器の炊飯器作ろうと話したのですが、ピンときていなかったみたい。工業材料にこだわらなければ、もの作りの可能性はぐっと広がるはずです。

「新しいもの」を見続けるための、京都という選択

I  みんな「ここでしか買えないもの」を求めているので、海外からも注目されそうですけどね。どこにでもあるものを、欲しがる時代じゃない。例えば京都は、あの突き抜けた「日本らしさ」が海外の観光客を惹きつけるのだと思います。「一流」が集まるあの街に、鈴木さんも通っていますよね?

KS  実は……京都にも事務所を作ろうと思っています。東京に事務所は持ったままで。もちろん東京でしかできないこともありますし、東京も楽しい。僕だけでなくスタッフの生活もありますから、完全に移るのは難しい。でも、そろそろ肩書きから「若手」という言葉を手放すときだし、生意気かもしれないけれど、同じことばかりを繰り返すようなザイナーになりたくない。そのためにも、自分の興味をごまかさず、たくさん学ぶことを忘れたくないんです。

I  京都で毎日感動している鈴木さんが想像できます(笑)。たくさんのデザイナーたちが海外に出るなかで、京都という日本のど真ん中に目を向けるのは珍しいですね。

KS  祖父の影響もありますが、なぜ僕が素晴らしい骨董が好きか、いろいろな海外の美術館に通って、誰も知らないアジアの村まで工芸を見に行くのか、というと、自分にとっての「新しいもの」を見たいからなんです。すごく大事なアドバイスをくれた北斎漫画を世界一所有している方に、中国の1000年以上前の焼き物を大量に見せてもらったことがあって。こんな(直径10センチほど)大きさで見たこともない価格なんですけど。でも僕にとっては、作られた年代など関係なく、初めて見る新しいものなんです。

I  ただ単に古いものを評価する、という姿勢とは全く違うんですね。ものに作り手の価値観が込められていて、それが評価されて今に残っているもの。ガラクタ市の錆にまみれたティースプーンのようになんとなく残ってきたものではなくて、後世に残されるべくして残ってきたものたち。

KS  そう、そのようなものが持つ迫力には毎回感動します。一方で、民芸品のような素朴なものも大好きなんですけど(笑)。

I  鈴木さんが「ものマニア」なのはよく知っています(笑)。事務所には弥生土器から工業製品までひしめいてますしね。でも、作られた目的が王様への献上品であっても、病気になった家族のためでも、丁寧に作られて丁寧に使われてきた背景がある。

KS  たぶんそれは、さっき話した素材の美しさにもつながるのではと思います。ずっと残っていくものは、素材とデザインのバランスに無駄がない。昔は作り手と使い手の距離が近く、素材もローカルのものをそのまま使っていた。価格がついていないことに象徴されるように、狭い関係のなかで取引きされていて、今みたいな巨大なビジネスモデルではありませんでしたからね。

I  そういった気づきも含めて、鈴木さんは「新しさ」を感じるのですね。そして今、京都という街が自分に必要だと。

KS  本当に新しいものを作ろうと思ったら、避けては通れないと思っています。技にしても情熱にしても、僕たちがどこかで優先しなくなったなにかが眠っている。東京はすごくスピーディ。スクラップ&ビルドの混沌とした大都会に、際立ったものが乱立しているけれど、すべて地域に根付いているとはいいがたい。それが東京の魅力でもあるのですが。

I  京都も長い伝統のなかにたくさんの動乱を経験して、変化と進化を繰り返していますよね。ただ京都もヨーロッパの街のように、目に見えて「歴史が街のなかに存在している」のはすごく大きい。神社仏閣から和菓子まで、自分たちの歴史が、そのまま形になって身近にある。ものが自分たちのルーツのリマインダーになっているから、あえて削ぎ落としていくところと、守るべきところがはっきりしているのでしょう。

KS  そこの緩急のバランスもいいんですよね。京都で何にハッとするかというと、大胆さと繊細さ。お寺などに行くとすごく大胆だな、と思うデザインがたくさんある一方で、雨どいの一つ一つの細かい装飾に見惚れてしまう。四季の影響もあると思うし、そういったデザインの背後にある風土も含めて、勉強したい。「僕も京都を考えられる歳になったかー」なんて、ワクワクしています。

I  京都にも拠点を置いたら、関西の企業たちともお仕事してみたいですか?

KS  もちろんです! 関西は豊かな文化もありますし、是非色々な企業さんと組んでみたい。どんなプロダクトを出せるか楽しみです。もちろんそれは、関西に限らずですが。日本ってすごく大きくて、北海道から沖縄に至るまで景気も風習も違うし、大阪には大阪の、京都には京都の文化がある。どこの街でも僕には新しいので、どこへでも行きたいです。

日本デザインの源に、今こそ向き合いたい

KS  あと、日本のデザインって結局なんなんだって、追求したい気持ちもあるんです。日本人が培ってきた美意識というものを正面からとらえてみたい。今海外でウケている、キャラクターや漫画だけでない、もっと違うものがあるはず。日本にはシンメトリーをあえて外す「崩し」や、「見立て」の文化など独特のものがたくさんある。そういったものが、近代における日本の工業デザインでは抜け落ちてしまっているように感じます。そういったすべてを勉強しなおして、今まとめてみたい。

I  たしかに、最近の日本は「カワイイ」とか「ポップ」という言葉ばかりが枕詞になっていて、昔の日本美のような直線に代表される緊張感がない。「粋」という言葉も、ほぼ死語になってしまった。「ミニマム」も同様ですが、日本にはもっと絢爛豪華で大胆不敵で、歌舞いていたデザインもあったはずですよね。全てが侘び寂びじゃない。北斎や広重、魯山人のDNAはどこに消えた?と思います。先ほど鈴木さんは「まとめたい」と仰いましたが、なにか形にすることも考えているんですか?

KS  本にして、まとめたいと思っています。日本デザインの教科書とは少し言い過ぎだけれど、例えば海外の学生が、日本のデザインを知るために手に取れるような。先ほど話したようにデザインに欠かせない、素晴らしい日本の素材についてもしっかり紹介をしていきたい。イタリアやフランス、北欧や英国などにはちゃんとその国らしい美意識があって、それが家具でもインテリアでもファッションでも、ちゃんと反映されている。美意識が、文化になっている。でも日本の場合を考えたら、まだまだそこまでいっていないと思います。「なんとなく」で通しているのも日本っぽいと言えば日本っぽいけれど、ぼんやりとでも何かを掴んで、みんなに伝わるような形にしてみたい。何より、僕自身が一番興味があるので(笑)。少し立ち止まって、もう一度きちんと考えるために必要な機会だと思っています。

I  それは鈴木さんがもうすぐ36歳になるという、パーソナルなことも関係しているんですか?

KS  あると思います。今事務所を立ち上げて7年目で、本当に色々なお仕事をさせてきてもらいました。毎日本当に、自分を絞り上げている日々です。それも割と大好きなのですが、やはり東京で情報を集めているだけじゃ限界がある。ここらでもう一回良質なインプットをすることを考えると、ワクワクが止まらない(笑)。

I  本当に多くのお仕事をされているので、あまり悩まないデザイナーさんなのかと思っていました。でも新しいものを作ることが、簡単なはずないですよね。

KS  毎回毎回、本当に悩んでいます。背中もバキバキだし(笑)。ギリギリで思いつけばいいけれど、クライアントへの最終プレゼンの3時間前に「やっぱりこっちの方がいい」と思って、ガラッと変えることもあります……。8月に柳宗理デザイン研究所で開催した、個展もそうでした。そういうときはスタッフに「ごめんなさい!でもこっちの方がいいと思うでしょ?」と謝りながら。

I  謝っていても、反省しているようには聞こえませんが(笑)。でもスタッフの皆さんもプロフェッショナルだから、結局いいものを作りたくて納得しちゃうんですね。

KS  新しい拠点の話も、「面白そう」と言ってくれましたからね。頼もしいです。京都行きは、僕が本当に尊敬している人が、ずっと勧めてくれたことでもあるんです。美しいものがちゃんと生活のなかで機能している風景を、身をもって感じたい。例えば、仏像を仏像だけ東京の美術館に持ってきてもいまいち迫力が伝わらないですよね。お寺の厳かな雰囲気のなかで見るからこそ、仏像の真価を味わえるのと同じです。ものの背景に、もっと向き合ってみたいんです。

「何のために」「誰のために」ものを作るか

I  話を聞いているなかで、鈴木さんのいう「美しさ」は「心地よさ」という意味も含んでいるのかなと感じました。頭で考えることではなく、ダイレクトに直感に訴えてくることをさしているのかと。このアイテムが自分の日常の一部になってほしいと素直に思える品が、一体街のなかにいくらあるのでしょう。

KS  そうですね。「美しさ」は主観的なものだけれど、「心地よさ」がもたらす安心感は皆共感すると思います。それは、日本だけでなく全世界の人が分かち合える感覚ですよね。

I  アジアの企業ともお仕事をされてみたいと仰っていましたよね。

KS  場所に関係なくさまざまな方たちとお仕事してみたいですが、アジアもとても楽しそうだなと思います。僕が審査委員を務めているグッドデザイン賞ではアジアからの出品がとても増えてきていて、年々アップルに迫っていく中国のものづくりの力に驚き、頼もしささえ感じています(笑)。しかも、安い。そこはもう単純に数の理屈で、日本のデザインメーカーは太刀打ちできません。だからもう、日本は「シェアNo.1」のような、同じところを目指しても意味がない。技術もある程度頭打ちになってきているなかで、今こそしっかりアイデンティティを認識すべきだと思います。時代に流されていくばかりではなくて、自分の足もとをしっかり見つめるべき。

I  よくも悪くも、薄利多売はもう日本のフィールドではない、と。

KS  つまり、物売りのビジネスに転換が必要だと思っているんです。20世紀は大量に生産して、ある種、薄利多売のビジネスが物売りの基本だった。でもそれは、もう中国やほかのアジアに拠点が完璧に移行している。日本企業は、そんなこと分かってるはずなのに、いまだに、そこから抜けきれない。これって、ある意味お客さんを信用していないんじゃないかと思うんです。例えば、1製品あたりの売上1億円を目指す時に、これまでの1000円を10万個売って1億円じゃなくて、10万円を1000個売って1億円とか、100万円を100個売って1億とかも考えられますよね。iPhoneだって1台10万円以上するのに、全世界ですごい売り上げになっている。

確かに、思えばもうすでに「いいものにはお金を惜しまない」という土壌はできている。

KS  エルメスもバカラも、フリッツ・ハンセンだって素晴らしいもの作りをして、ちゃんとその高い対価をきちんと払ってくれるお客さんがいる。日本の企業も、素晴らしいものを持っているのだから臆せずそのフィールドに進んでいっていいんです。むしろ、進まなければ近くの国から押し寄せる大きな波に呑み込まれるだけです。

I  ファッション業界でも、東日本大震災が起こったあとにセールスを保って生き延びたのは、高価なラグジュアリーメゾンと格安なハイストリートブランドだったんです。もちろん全体的に売り上げは落ちましたが、中途半端なブランドは軒並み大打撃だった。つらい時だからこそ、ラグジュアリーメゾンへの信頼が際立ったのだと思います。それは今後の世界を強く暗示しているようで、とても印象的でした。

KS  ……なんだか、とってもデザインしたくなってきました(笑)。この辺りの物売りの知見は、「THE」というブランドをやることで勉強させてもらい、培ってきたことでもあります。実際に、自分がコンサルティングで入っているプロジェクトは、価格設定も僕が決めることが多い。市場にはマジックプライスのような、不思議と売れてしまう価格帯があるし、高いけど売れてしまうものもある。そういう価格の設計ができるというのも、僕の強みかも。

ほかにも、日本以外のアジア諸国に対して思うことはありますか?

KS  あと熱意という意味でも、アジアの国は素晴らしい。この前のグッドデザイン賞の審査では、台湾とインドネシアの企業のプレゼンテーションに感動して、涙出そうになっちゃって。ちゃんと「何のために作っているか」を、彼らはしっかり持っているんです。例えば台湾の電気スクーターは、子どもたちが大気汚染で苦しまないように、という想いが着眼点になっている。解決したいことや作る目的があるから、プレゼンテーションもピュアで、皆の心に響く。そこは、ある意味洗練と呼べるのかもしれないけれど、会社を存続させるためにマーケティング的にものを作っている企業とはかなり違うと思います。

I  社会性、というと大げさに聞こえてしまいがちだけれど、要は根底に「この人たちのために」という意識があるかどうか。それは決して、難しいことではないはずですよね。

KS  台湾の電動スクーターの件でいうと、スクーター自体もそうだしインフラも素晴らしい。街中に細かく充電スポットが散りばめられているんですよね。しかもそれらがとてもかっこいい。いったん劣悪なデザインができてしまうと変えるのは難しいですが、一度いいスタンダードが作れれば、そのあとに続いてくる団体もたくさん出てくる。

I  人の意識も変わりそうですよね。街の景観がよくなるから、自然とゴミを道端に捨てなくなるとか。

KS  そう、こんなかっこいいスタンドの横には、かっこいいゴミ箱じゃなきゃ、とかね。街って小さなものの寄せ集めで出来ているので、みんなが美しいものを積み重ねれば、絶対にいい街になると信じています。

I  そんな愛着は、トップダウンでは作れないのかも。広場でも立ち飲み屋でも、自然発生したものが少しずつ住人のスタンダードになっていくんですよね。きっと、そういうところに海外からの観光客も魅力を感じる。

KS  京都にいてもそうだし、ローカルの素材を使ったインドネシアのプレゼンテーションを見ても思うのですが、ドメスティックを突き詰めることこそ「グローバル」に近づく1歩。自分たちの得意なものを追求すれば、自然とグローバルな注目も集まるんです。

I  唯一無二の存在になる、ということですよね。「この世にここだけ」だからこそ説得力があって、世界中の人々が見たいと思う。例えばデンマークの家具が、全世界で人気になることをはじめから目的に作られていたら、こんなに全世界で愛されることはなかったはずですよね。

もっと見たことのない世界を見るために

I まだまだ鈴木さんは話したりなさそうですが、そろそろまとめにいかないと。しかしこのインタビュー、文字にしてもかなりの量なので皆さんここまで読んでくれているのでしょうか。

KS でも何かをちゃんと伝えようと思ったら、例えばツイッターの140字では難しいですよね。自分の考えに責任があると思っているから、きちんと伝える場が欲しくて。 

I ツイッターは、あくまで「つぶやき」ですしね。私の印象ですが、いつもお話しを聞いていて、鈴木さんからは、「どんどん変わっていきたい」という姿勢を強く感じます。そしてその姿勢にこそ、今後さらに鈴木啓太が面白くなるヒントが潜んでいると、私はにらんでいます。最近自分のなかで変化したな、と思うことはありますか?

KS  基本的なデザインへの姿勢は変わっていないけれど、変化は常にしていると思います。例えば最近では、試行錯誤のおかげか、自分のデザインがどんどん変わっていくのも楽しい。最近は若いときよりも、豊かでやわらかな線が描けるようになってきたな、なんて思っているんですよ(笑)。自己満足かもしれないですけど、僕は嬉しいからいいんです(笑)。あと、僕はずっと「美しいもので満たされている社会」を作りたいと思ってきました。けれど、今はそれに加えて、「美しいもので満たされている社会では、どんな風に人が暮らしているんだろう」と考えるようになってきています。僕のデザインに触れる「誰か」に、考えをめぐらすことができるようになった。

I  ざっくりと「誰かをハッピーにしたい」というよりも、先ほど話したような「この人たちのために、なんのために」という視点ですね。

KS  とにかく今は、ものが溢れている。少なくとも経済的な先進国では。現代に生きるデザイナーとして、「美しいものを作る」ということは当たり前だと思います。これから環境問題やメンタルヘルスなどの社会問題の面でも、提案したいことがあります。関わっているブータンでの活動も、もっと根づくように続けていきたい。

I  さらに素材と融合した上質なデザインや、自身の興味に導かれたような京都の別拠点。また一緒に仕事したい企業やクリエイターのリストは増える一方と……。ほかにもまだありますか(笑)?

KS  今回は、素材について伝統的なものばかり話してしまいましたが、最新鋭のマテリアルの技術もどんどん進んできている。本当に、想像を超えるような世界が現実となって形になってきているんです。今まで自分が見たことがない世界が見れるって、それが1000年前に作られたものでも未来のことでも、単純に楽しくないですか?

I  間違いなく、煩悩と苦悩、そして自問自答の日々は続きそうですね(笑)。でも、とっても楽しそう。

KS  将来仏像でも彫り始めるまで、それはなくならなさそうですね……。でも、今後の自分の展開に一番ワクワクしているのは僕自身なので、今から周到に準備していくつもりです!